ポンテフラクトの黒い修道士

お久しぶりです。無事帰国しました。今年のヨーロッパは全然避暑になりません(涙)。日本と同じくらい暑かった!そして日本に帰ったら東京はすでに涼しーくなっていて私には寒いくらい・・・。

それはさておき。まだまだ暑い地域もあると思うので今日は先日見たホラー映画のおはなし。わたくし歴史映画に次いで、ホラー映画ファンなのです。
作品名は『サリー 死霊と戯れる少女』(2012年公開/英)。
いかにもB級オカルト的なタイトルでしょ? とある家族が引越してきた家でポルターガイスト現象に遭遇、というお定まりの始まり。しかしながら映画の中の但し書きによると、史実を元にした物語だというのです。映画の舞台はイギリスのヨークシャー。

で、ちょっとネットで調べてみたら出てきましたよ。
“ヨーロッパ最恐のポルターガイスト事件!!”が。映画は1974年の設定ですが、実際に事件が起きたのは1966年。
※ちなみに1974年といえば映画「エクソシスト」が日本で公開された年。かつア
メリカで“アミティーヴィル事件”という一家惨殺事件が起きた年。この事件が起きた家を舞台にしたのが映画「悪魔の棲む家」。

ハナシを『サリー』の元ネタに戻します。
(以下長文ですのでホラーに興味のない方はご遠慮ください)
1966年、ヨークシャー西部の「30 East Drive Chequerfield Estate」で、怪奇現象が起きました。この住所がそのまま事件を指すこともありますが、最も知られているのが「ポンテフラクトの黒い修道士 The black monk poltergoist of Pontefract」という呼
び方。当時そこに住んでいたのはプリチャード一家。夫婦と15歳の息子フィリップ、12歳の娘ダイアンの4人です。

8月の祝日のこと。両親とダイアンは出かけ、フィリップが祖母の
サラと留守番をしていました。真夏だというのにサラは寒気を感じ、フィリップは居間の中空に白い粉が浮遊しているのを見つけます。そしてなぜかキッチンの床に次々と水溜りが出現。
さらに、映画の中で描かれたように、紅茶のディスペンサーから茶葉がふき出したり、玄関で大きな物音がしたり、食器棚がまるでその中に閉じ込められた何かが外に出ようともがいているように震え出したり・・・そんなことが夜の9時半ごろまで続きました。

しかし翌朝から約2年の間、何の怪異もなく・・・そして突如、再びそれは始まります。その後5年余り、ありとあらゆる怪奇現象が家族を悩ませました。物が勝手に動く、飛ぶ、消える、再び現れるはもちろん、何かを叩く音や悪臭、電気が点滅を繰り返すなどなど。そして今度のターゲットは明らかに娘ダイアンでした。

ダイアンはたびたびベッドから放り出されたり、見えない手にノドをつかまれて階段を引きずり上げられたりしました。悪魔祓いを試みるも事態は悪化する一方。プリチャード夫妻の友人が聖水をまいたときには、居間の壁に逆さ十字が現れ、壁にかけられていた十字架が破壊されました。

やがて家の中をローブをまとった不気味な黒い影が徘徊するようになりました。後にある作家が、影の正体は16世紀ヘンリー8世時代の修道士で、少女をレイプして殺した罪で絞首刑にされた、としたことで、以来このポルターガイストは「ポンテフラクトの黒い修道士」と呼ばれるようになります。プリチャード夫妻の家は、かつての絞首刑場に隣接する場所に建てられたとも言われています。

この出来事を題材にして2012年に製作されたのが『サリー 死霊と戯れる少女(原題:When the Lights Went Out)』。実は事件の当事者であるプリチャード夫人はこの映画の監督パット・ホールデン氏の叔母にあたり、監督自身この家で起きた怪異を体験しています

以上の文章は、下のサイト↓から一部を訳出、要約したものです。
この家の写真も出ています。

ちなみに映画DVDの誤植によって、日本語サイト
では「ポンテクラフトの~」と呼ばれているようですが、正しくは「ポンテフラクト」です。

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