アッシジの聖フランチェスコ
この2回拒否する、という伝統がいまも続いているかはわかりません。
なにせコンクラーベ(=鍵をかける)は密室での出来事ですから。
これは私の推測にすぎませんが、この伝統はイエスの一番弟子であり
初代教皇である聖ペテロのエピソードに由来するのではないかと思います。
なにせコンクラーベ(=鍵をかける)は密室での出来事ですから。
これは私の推測にすぎませんが、この伝統はイエスの一番弟子であり
初代教皇である聖ペテロのエピソードに由来するのではないかと思います。
イエスが逮捕されたときに、
「あの男もイエスと一緒にいた」と周囲の人に言われたペテロは、
自分も逮捕されるのでは、と怖くなり
「あんな男(イエス)なんか知らない」
と三度イエスを否定したのです。
イエスはペテロのこの行動を、最後の晩餐のときに
すでに予言していました。
「あの男もイエスと一緒にいた」と周囲の人に言われたペテロは、
自分も逮捕されるのでは、と怖くなり
「あんな男(イエス)なんか知らない」
と三度イエスを否定したのです。
イエスはペテロのこの行動を、最後の晩餐のときに
すでに予言していました。
もとは裕福な家の生まれでやんちゃな青年でしたが、
あるとき信仰に目覚め、家の財産を使って貧者を救うようになり、
それを父親に咎められると全てを捨てて出家し、
フランシスコ会という托鉢修道会を創設しました。
私有財産を一切持たない厳しい会則を設け、
自身も徹底した清貧と奉仕の生活を生涯貫きました。
あるとき信仰に目覚め、家の財産を使って貧者を救うようになり、
それを父親に咎められると全てを捨てて出家し、
フランシスコ会という托鉢修道会を創設しました。
私有財産を一切持たない厳しい会則を設け、
自身も徹底した清貧と奉仕の生活を生涯貫きました。
彼の説法は小鳥も聞きにきたといわれ、その場面はよく絵画の
題材になっています(ジオット「小鳥への説法」)↓。
題材になっています(ジオット「小鳥への説法」)↓。
彼が生まれたイタリアのアッシジという街には
彼の生家が残っており、外観だけですが見たことがあります。
山頂にある街のシンボルは、その名もサン・フランチェスコ聖堂↓。
内部はジオットなど、ルネサンス期の芸術家のフレスコ画で
飾られており、宗教絵画の宝庫。世界遺産でもある巡礼地です。
彼の生家が残っており、外観だけですが見たことがあります。
山頂にある街のシンボルは、その名もサン・フランチェスコ聖堂↓。
内部はジオットなど、ルネサンス期の芸術家のフレスコ画で
飾られており、宗教絵画の宝庫。世界遺産でもある巡礼地です。
~つづく~